コンテンツ
2018年7月、JR蕨駅から程近い芝銀座通り商店街の一角に、「人をつなぐ街の情報発信ブックカフェ」としてオープンした「Antenna Books & Cafeココシバ」(以下、ココシバ)。小出版社発行の書籍が大部分を占める店舗の中の小さなテーブルでは、今日もこの界隈の本好きたちによる小さなコミュニティが育まれている。
大手書店にしかないような、小出版社の稀有な本が揃う
埼玉県川口市は、もともと工業が盛んな都市だったが、都心へアクセスのよさから「東京のベッドタウン」と化している。日本各地から人々が流入し、今や約60万もの人口を擁する都市だ。外国籍住民も多く、その数は市町村としては日本一。そんなインターナショナルな文化が交じり合う川口に誕生したココシバは、小倉美保さんと吉松文男さん・直子さんご夫妻の3人がオーナーを務める小さな書店である。
だが、小倉さんも吉松ご夫妻も書店運営とは別に本業がある。実は小倉さんは編集者として27年前に独立し、出版社「ぶなのもり」を立ち上げた、いわゆる「本を作る」側の人間。そして、吉松ご夫妻はいまもそれぞれウェブや広告制作などを行う会社に勤務しているという。

ココシバは、誰一人として、書店やカフェ経営の経験もないまま始まった。しかし、その開業にあたっては小倉さんがこれまで培ったネットワークはもちろん、版元として本の流通に通じていたことが大きく役立ったことは言うまでもない。実際にココシバで仕入れている本の多くは、小倉さんが「ぶなのもり」の書籍を流通させる際に利用してきたトランスビュー社が扱っているものだけで85%ほどを占めているという。
そもそも書店が本を仕入れる方法を説明すると、大きく二通りの道がある。一つは本の中間卸・流通機能を持つ「取次」という、仲卸会社を介して本を仕入れる方法。もう一つは、直取引と呼ばれる出版元から直接本を仕入れる方法である。株式会社トランスビューは書店と直取引をする出版社であると同時に、その販売網を使って提携する出版社の本の流通を代行する「取引代行」システムを構築している。取次経由では書店の販売力や販売傾向などをもとに半ば自動的に本が書店に送られるが、トランスビュー方式では書店が注文した本だけが書店に送られる。
版元からすると読者層にマッチした書店で本が販売できることに加え、返品のリスクが圧倒的に少ないというメリットがある。また、書店にしても取り扱う本を自分たちの意思で選べる自由度があり、しかも取次経由よりも好条件という恩恵もあったりする。小倉さんはこのトランスビュー社を活用すれば、小さな書店でも十分にやっていけるはずだと判断したのだった。

本があることが、いい意味で来店の敷居をあげた
オープンして丸3年が経ち、小倉さんは「ようやく売れそうな本が分かってきた」と話す。だが実際のお客さんはさまざまで、毎日のように店に立っていてもココシバで売れる本の傾向というのは明確にはなっていそうだ。
「ココシバに来るお客さんの多くは本好きですが、そもそも置いてある小出版社系の本の内容は専門的なものが多く、小説はあまり多くない。でも、本好きの人は自分好みの小説がなくても、何かしら本を買っていかれるんですよね。それで読み終わった後に『あれはどうだった』『この間の本はおもしろかった』と感想を伝えてくれる。おそらく、お客さんの多くはこれまで文芸書を中心に読んできたのだと思う。でも、ここに来るようになって文芸書以外の本を読まされているんじゃないかな (笑)」

本を売るだけではなく、本を通して会話が発生する。それは多くの人が行き来する都心の書店とは違い、川口の住宅街の中にある書店という地理的なこともあるだろうが、カフェを併設していることも大きいかもしれない。
「本があることで店の敷居が上がるのか、来られるのは好奇心旺盛で思慮深いお客さんばかり。そもそも書店だけ、カフェだけというのなら、私はやっていなかったと思いますけどね」

自ら取りに行かなくても企画が飛び込んでくる
コロナ禍の影響は多少あるものの、店の運営は順調だと話す小倉さん。というのも、経営的なことだけではなく、実は小倉さんご自身にとってもメリットが多いのだという。
「ココシバがあることで一番得しているのは私かもしれないですね。もちろん、出版した本を店で売ることができることもそうだけど、それよりも企画が飛び込んでくることのほうが大きなメリット。今までだったら自分から積極的に動かない限り、企画は出てこない。でも、ここでは居るだけでネタが勝手に飛んできます(笑)」

また、「ぶなのもり」から本を出す人たちも、ココシバがあることを+αの価値としてみているはずだと小倉さんはいう。失礼ながら「ぶなのもり」は小さな出版社である。巷に数千もある小さな出版社の中から「ぶなのもり」をパートナーに選ぶのは、真摯に制作に取り組んでくれることはもちろんだが、ココシバで販売することも含め、積極的に売ることにも力を注いでくれることがわかるからだ。
実際に小倉さんが編集した「日本で生きるクルド人」は、地元の新聞記者の方が書いたコラムをまとめたものだが、ココシバと「ぶなのもり」のいずれも地元に密着した場で活動している小倉さんにこそ託したいという思いがあったからだろう。
ココシバならではの多様なイベントにも注目
そんな同店の魅力はほかにもある。それはほぼ毎日行われるイベントだ。その中には小倉さんを始め、版元が出版記念に行う著者イベントもあるが、それ以外に定番イベントとして、吉松ご夫妻が以前から行っていたハンドメイド・スローマーケットや、川口在住のクルド人から伝統技術であるオヤの作り方を学ぶワークショップ、小学校高学年から中学生を対象とした「寺子屋」などユニークなイベントが多数。定番イベント以外にも、単発でさまざまなイベントが開催されている。

「イベントはお客さんが持ってきた企画でお店に合いそうなものを行っています。毎週水曜には有志が集まって、イベント運営の相談をしています。定着して定期イベントになるものもあります。こんなに開催して大変じゃないですか? ってよくいわれるのですが、スペースを考えると小人数のイベント。だから、極力手間をかけず、無理しないことをモットーにしています。私たちはイベントを開催することでその世界を知ってもらえたら十分で、さらに本が1冊でも売れたらラッキーだし、また来店してくれたらラッキーというくらいの感覚でやっています」

オープン当初から3年を目指して運営してきたと話す小倉さん。無事に3年を超えた今、次に目指すは5年。だが、その先はまだ小倉さん自身の中で具体的な展望は描かれていないそうだ。
「今のところ、長いスパンで考えていないんですよ。ただ、すぐには無理だと思うけど、この場所を残してなるべく早く次の世代にバトンタッチしたいなとは思っています」

ココシバは王道の小説や雑誌との偶然の出会いはほぼない。しかし、自分の知らない未知なる世界の扉を開く、そのきっかけとなる本との出会いがある。だからこそ、そんな出会いを求める本好きたちが、この小さな街の書店に足を運ぶのだ。
Infomation
「Antenna Books & Cafeココシバ」
住所:埼玉県川口市芝5-5-13
営業時間:11:00 – 20:00(イベントの場合は22:00)、月曜定休
電話番号:048-499-1719
URL:https://cocoshiba.com/
Twitter:@cocoshiba5513
Instagram:@cocoshiba5513