一つの視点で多様な場所を見せることで、重層的に世界を伝える
独立系旅雑誌「LOCKET」ep1


インディペンデントマガジン『LOCKET』は、旅雑誌というカテゴリーでありながら、その内容は一般的なガイドブックとは大きく異なる。その違いは創刊号から最新号のテーマを見れば一目瞭然だ。2015年に発行した創刊号は「しあわせのありか」、2016年発行の2号は「バックパッキング(徒歩旅行)」、2019年発行の3号は「朝日の光源」。そして、2020年に発行した最新号は、誰でも知る世界的飲料の「コーラ」がテーマだ。

内田さんの旅したチュニジアの記事。日本で「コカ・コーラ」と表記されるようにチュニジアではブランド名がアラビア語で表記されている。vol.04 「COLA ISSUE」より

 編集人である内田洋介さんは自らチュニジアやニュージーランド、ロシアなどを訪ね、その地域の人々の生活とコーラの関わりを探り、その一方で国内外のクラフトコーラ文化までもしっかりと深堀。誌面には単に編集者としてだけではなく、“旅人”でもある内田さんの視点が加わり、私たち読者を“コーラをめぐる冒険の旅へ”と誘ってくれる。その思惑は見事に的を得たものであり、私たち読者は誌面に映し出された国や地域、人々のリアルに魅了され、いつか行ってみたい、訪れてみたいという強く思ってしまう。そう、『LOCKET』は確かに旅雑誌として確立されているのだ。

旅を軸にしたワンテーマ・マガジン立ち上げのいきさつ

言語学者による、各言語のコーラの文字表記をテーマとしたコラム。vol.04 「COLA ISSUE」より

 内田さんが『LOCKET』を発行したそもそものきっかけは大学時代に遡る。中学生のころから一人旅に慣れ親しんできた内田さんは、大学入学後、旅系フリーペーパーを作るサークルに入部した。そこでの活動は、執筆者を探したり、協賛企業を募ったり、配布先を手配したりなど多岐にわたったが、共通の趣味を持つ同世代との共同作業はとても楽しく、内田さんはサークル活動にのめり込んでいったそうだ。

「このときの経験が編集者としての僕の活動の原点になっていると思います。すごく楽しくて夢中でやってきたので、サークルを引退するときはやり切ったと思いました。それで、次はお金を払ってでも受け取ってもらえるものを作りたいと思うようになって、安い印刷費で製本もいびつなzineらしいものを作りました。でも、お金を出して買ってもらえるか、怪しいところもあって(笑)。もっとクオリティの高いものを作りたいと思うようになり、2015年に『LOCKET』の1号目を発行したんです」

 内田さんが23歳のときだ。しかし、当時もインターネット全盛期。オンラインで情報発信することもできたのに、内田さんはなぜ“オワコン”といわれる紙媒体、雑誌というスタイルにこだわったのだろうか。

「単純にウェブの経験がなかったし、本も好きだったから。でも、一番はサークルでフリーペーパーのデザインもしてきたことが大きかったかもしれません。僕一人でも作れると思ったんです。だから、僕にとって雑誌は自然な流れでした」

 3号からデザインは大谷友之祐さんが手掛けているが、それまでは企画からライティング、撮影、編集、デザインまで内田さんが一人でこなしてきた。冒頭でも記したように、『LOCKET』は一つのテーマをもとにさまざまな国や地域を紹介しているが、このスタイルは創刊時から今も変わらない。なぜなら「一つの視点で多様な場所を見せることで、より重層的に世界を伝えたい」という、内田さんの思いがあるからだ。

「この考え方は僕が好きだった『NEUTRAL』や『Spectator』、写真家・石川直樹さんの著書などが影響しているかもしれません。旅雑誌を作るなら、価値観切りでいろいろな場所を並列に並べてみたいという思いがありました。同じ場所に何度も行くのも、一つのテーマでいろいろな場所に行くのも、資金的には変わりません。雑誌を作るために同じ場所に何度も行くよりも、一つのテーマでいろいろな場所に行ったほうが楽しいなと思ったのもありますね(笑)」

写真から編集、執筆、デザイン、そして営業まで

印刷所で刷り上がった表紙に、自分たちでガリ版でコーラのボトルを模したイラストを載せる作業。インクを乾かした後に製本された。

 号を重ねて発行部数も増やし、最新号の取り扱い店舗数は現在108店舗と販路は確実に広がっているLOCKETだが、立ち上げの時は驚くほど地道な営業活動をした。それは電話やメールではなく、出来立ての創刊号をバックパックに詰めて全国各地の書店に直接訪問するというもの。なんともアナログな方法だが、実際にその場で誌面を見てもらった結果、創刊号で買い切りという条件にも関わらず、30店舗の書店が取り扱いを決めてくれたそうだ。

「僕はLOCKETをできるだけ書店で手にとっていただきたいと考えているんです。きっと書店でしか出会えない人がいるし、偶然手に取ってくれた人の方が広がりが生まれるかなと。また、僕が委託という形ではなく買取の条件で書店に卸すのは、リスクを取ってでも僕の雑誌を売りたいという書店さんに取り扱って欲しいという思惑もあります」

 一般の商業出版社や取次にお願いして配本を行なっているところは、編集者が各書店の仕入れ担当の人の名前すら知らない場合がほとんど。当然販売には営業担当以外は関与もしないが普通だが、そう考えれば売って欲しい書店を自ら選んで本を卸すという行為は、内田さんにできる最大限の営業努力ともいえる。

 そうして自分で足を運んだり配本先と直接やり取りをすることはそこで貴重なアドバイスをもらうこともあれば、厳しい言葉をかけられることもあるらしいが、内田さんはそれらを一つひとつ自分の中で咀嚼し、売るために何が必要かを模索していく。

昔ながらのガリ版印刷を施した表紙。印刷に至るまで関わっていたいという、内田さんの心意気が感じられるひと手間。

『LOCKET』がほかのインディペンデントマガジンから群を抜いているのは、斬新な切り口ばかりではなく、内田さんの売るためのさまざまな試みや商業誌に負けないクオリティを目指していることも大きいはずだ。

 誌面にはさまざまな分野の有識者がテーマに沿った文章と写真を寄稿することで、内容にも奥行きを作っている。最新号でも写真家・石川直樹さんを筆頭に、大学准教授や社会学者、イラストレーター、ライターなど多彩な方たちが「コーラ」に絡めた旅を深堀していく。その綴られた言葉から執筆者たちの新たな表情を垣間見ることができて、新鮮な驚きを抱く読者も多いはずだ。

判型は自ら撮影するフィルム写真がきれいに収まるB5変形サイズ(237×182㎜)。製本にもこだわっていて、この号は糸かがり綴じ・コデックス装という仕様によってノドまで開く。vol.03「朝日の光源」より

後半に続く。

Infomation

LOCKET
Web: https://locketmag.com/
Instagram: @locketmag

PAGE TOP