サブカル系書店「タコシェ」マニアックさと親しみやすさが同居する中野の名店

ポップカルチャーの発信地とも称される商店街、中野ブロードウェイ。その3階の最奥に、25年もの間店を構えている「タコシェ」は、ミニコミやZINEなどの自主制作の本をはじめ、一般流通にのらない書籍、インディーズのCDやDVD、雑貨やアート作品を販売している、その界隈では知らない人のいない名店。今回のインタビューでは、タコシェ代表を務める中山亜弓さんに同店とリトルプレスについて話をうかがった。

創業28年。アングラカルチャー発信地の歩み

 1993年6月。月刊漫画ガロのコンセプトショップとして、西早稲田の元タコ焼き屋の跡地に生まれたのがタコシェの始まり。その当時で約30年続く漫画雑誌であったガロは、その頃「ねこぢる」や「友沢ミミヨ」が活躍し、1994年には「古屋兎丸」がデビューするなど、変わらず独特なオルタナティブ路線を突き進んでいた。

 同店はそんなガロのバックナンバーや、青林堂の単行本を販売をする店としてオープンしたのだが、“ガロ系”漫画家たちの作品にはじまり、次第にプロアマ問わず作家が作っている自主制作物も取り扱うように。そしてその流れは次第に広がっていっていき、今のタコシェを形作っていったという。

入って左手のスペースは、フェアやイベントに合わせて展示の場にもなる。取材時は作家・市場大介さんの「BADADOOR」の発売に合わせた個展の最中。絵や作品集のみならず誰でも作品を買って帰れるようにと、100円〜という破格値で写真作品が販売されていた。右が代表の中山亜弓さん。

 代表の中山さんは西早稲田時代から店員を務め、1996年に法人化した際に社長となった人物。そんなMs.タコシェから直々に、同店の成り立ちついてお話を聞いた。

「創設にはライターの松沢呉一さんが深く関わっているのですが、その品揃えというのも彼がレールを敷いたようなものでした。というのも、松沢さんは出版関係やアート関係、音楽にも関わっていたので知り合いも多く、彼はそれらの自主制作物をタコシェで取り扱うようにしたんです。以前からアーティストや作家たちは展覧会に合わせてグッズや本などを作ったり、自主的に制作した作品はあったのですが、それらを常に販売している場所が少ないことに彼は気がついたんですね。それから、お店にはガロの関係の本や漫画の単行本だけでなく、ミニコミの取り扱いも増えていきました」

タダユキヒロさん、都築響一さんの作品も新刊が出るたびに平積みで展開。お二方のファンも多く来店する。

 中山さんがタコシェに関わるようになったのは、松沢呉一さんから誘われたから。それ以前は演劇関係のライターをしていたそうだが、開店のタイミングからスタッフとして手伝うようになったという。

「ガロというよりも、タコシェで取り扱うものに興味を持っていたので手伝うことにしました。例えば、美術家の 中ザワヒデキさんが出していたフロッピーマガジンだったり。その頃は現代美術でも面白いものが出てきていた時代でもあって、それこそブロードウェイにギャラリーやお店がある村上隆さんも注目され始めた頃でした。全体的に面白い動きがあったんです」

 開店から1年もたたない1994年2月。建物の取り壊しのために退去を余儀無くされたタコシェだが、そのタイミングで青林堂が運営から手を引き、松沢呉一さんの主導で店は継続することに。高円寺のレコード店の一角で営業を再開し、半年ほど続けたのちに中野ブロードウェイに移転(Trioという名称で、他2つの店と共に営業)と、しばらくは場所を転々としながら営業を続けた。

 ちなみに94年当時は、漫画専門書古書店「まんだらけ」社長の古川益三さん(ガロで執筆していた漫画家でもある)が、サブカルチャーでブロードウェイを盛り上げようとしていたそうで、タコシェもその後押しもあって入居。そして1996年10月から現在のテナントに移り、会社としても独立した。

「実際は松沢さんが主導だったのですが、会社にするときに私が便宜上の代表になったという形。そして松沢さんは代店長という肩書きで、たまに様子を見にきています」

アーティストや個人が作った細々としたシールやカードなど。一つひとつ個性が際立った商品が並ぶ、混沌としたレジ前のテーブル。

タコシェをタコシェたらしめるモノ

 何をもって「サブカルチャー」というかは議論が必要な時代になったが、タコシェは誰がなんと言おうとまごうことなきサブカル書店。メインストリームにはならないものの、熱意を持って作られたことが伝わる品揃えが魅力だ。となると気になるのが、そのセレクト基準。どんな視点から取り扱う商品を決めているのかも聞いてみた。

「特別な基準や、特に意識していることや傾向というものは実はありませんね。ただ強いて言うとしたら『どなたでも楽しめるもの』ですかね。商業ベースのものが取り上げないニッチなジャンルやマニアックな内容を、初心者でもわかるような形で編集していたり、書いてあるものをなるべくご紹介したいと思っています」
 コア層目掛けてわかる人だけがわかる本を扱っていると思っていたが、それは大きな思い違い。意識しているのは間口を広く持つことだった。中山さん曰く、むしろ専門店的ではなく広義でエンターテイメントとして品揃えをしているのだという。

取り扱い商品の一部には国境をこえてやってきたものも。こちらは北京のコミック作家、煙囪(YAN CONG)さんの漫畫集。

「自主出版本は持ち込みを受けたり、逆に気になる作家さんがいれば、私たちから声をかけて取引させてもらっています。そして書籍に関しては直接取引の出版社、もしくは小出版系を取り扱う取次から仕入れることがほとんどですね。大半は昔からお付き合いのあるところですが、業界も少しずつ変わってきているような気もします。店を始めた頃は、トーハン、日販などの取次を通して流通するのが当たり前だったと思うのですが、今は取次の中でもマニアックな本を取り扱うディストリビューターさんも多くなりましたね」

 昔と比べてそういった本を求める層が増えたのか、オーナーの個性を反映したセレクト書店が増えたから、はたまた大きなお店の売上が下がってきたからか。何はともあれ規模が小さくても対応してくれる出版社が増えたことで、取り扱いの幅が広がるのは良い傾向なのだろう。

リトルプレスのいまむかし

CDやDVD、ブルーレイなどで映像、音楽も販売。ネットのサブスクリプションでは絶対に観られない、聴けない作品がここにある。

 同店を訪れるたびに感じることは、品揃えが常に新鮮であること。新刊が平積みされている中央のテーブルはいつも刺激で満ち溢れている。特に自主出版物は企画力や一点突破の瞬発力があって、読む側も前のめりになってしまうほど。これら自主出版物はやはり時代の影響もあるだろうが、最近の傾向はどうなのだろうか?

「直近ではコロナ禍で即売会などのイベントが中止・延期になって、作り手さんによっては発行ペースが落ちたり、制作を見合わせる方もでているようにお見受けします。読者に届ける場が少ない状況では、せっかく作った作品も押入れにしまったままになってしまうし、内容的な鮮度も落ちてしまうという問題が出てくるのかもしれません」

グラフィックデザインを勉強すべく日本に来日したフランス人学生、ニコラ・レテリエさんによる作品。街で見かけたカラーコーンを撮影し、カードゲームのフォーマットに落とし込んだ、至極の36種セット。「ポケットコーン」5500円

 しかし一方で、外出自粛によって創作や編集に集中したり、救済目的の出版を行うケースもあったという。例えば、フランス人留学生が東日本大震災10年目の福島での農業の取り組みを取材し、バイリンガルにまとめたZINE。またステイホーム期間中の書店応援の一環として、売上が書店に寄付される「DONATION ZINE」が発行されるなど、この状況ならではの作品が生まれるという嬉しい側面も。

「やはり自主出版物は個人単位で作られるものなので、世相が反映されやすいのかもしれません。少し話はズレますが、時代によってミニコミと呼ばれていたものがリトルプレスと呼ばれるようになり、ZINEというものも出てきました。次々と言葉が生まれるということは、そこに意味があると思うんです。
 ミニコミという言葉ではくくれない何か。リトルプレスではくくれない何かがその時々で生まれた。それまでミニコミは市民運動などのイメージがあったと思うのですが、その後リトルプレスと呼ばれた本は手製本、豆本など、クラフト感のある作品もあり、女性の作り手も増えました。同様にZINEというのもまた別の形で、趣味的な内容というよりも、カジュアルな自己表現の色が強い印象を受けます」

 本を書いている人がフレッシュな気持ちでいたり、熱量を持ってマイブームを紹介するのは大事なこと。作り手が面白いと思った時こそが旬で、だからこそ面白いものを発信できるだ。

「プロの編集者たちが商業誌に負けないクオリティで作っているという意味では、インディペンデントマガジンは盛り上がっていますね。取り扱いのある『NEUTRAL COLOR』や『LOCKET』などもも面白いし、『つくづく』は毎回違った形で、変則的な編集をしているので楽しみにしています」

 中山さんに話を伺っていると、常に取り扱う本に興味を持ち続け、愛を持って販売していることが伝わってくる。次ここに来た時は、どんな本が店頭に並んでいるのだろうか。遠くないその日を、楽しみにしている自分がいる。

中山さんがIPA読者におすすめする、自費出版物3選

「中くらいの友達 Vol.8」(唐くに手帳舎 刊)¥1100

 在韓日本人や在日韓国人のライター陣による、それぞれの目線から韓国と日本の日常を切り取ったアンソロジー。「日本と韓国の中で起こっている、かけがえのない体験談というのがいっぱいあって、毎号ハッとさせられたり、心に響く話が掲載されています」。メディアではフィーチャーされない素の韓国の空気感や暮らし、文化や目線の違いなどを伝えている。

「本のこども」(こうの史代 著) ¥330

「この世界の片隅に」のこうの史代さんによる、実際に12種の豆本が作れる製本ガイド絵本。この本自体が原紙になっていて、自分で製本を学ぶことができるミニコミ。本を伏せたような髪型の主人公の案内に沿って、ページを切って、折って、綴ると、12の製本方法で12の豆本ができる。自分で製本に挑戦したいと思っている人にもおすすめ。

「にぬき・ビール・デマエ・またきたよ!」¥650、「にしき・ビール・デマエ・おまちどう!」¥605(共に スケラッコ 箸)

 食に関する漫画や日常的な非日常を描くスケラッコさんの自費出版漫画。紫色で体も態度も大きい猫のにぬき、名前の通りのビールくん、会社員で本名は岡持のデマエちゃん。京都の町を舞台に、人と動物と飲み物がなんの違和感もなくまったりと暮らす、この3人の日常を描いた「おまちどう!」。と、その出版から7年が経ち、現在のパンデミック中の3人の暮らしを描いた続編「またきたよ!」。

Infomation

「タコシェ」
住所:東京都中野区中野5-52-15 中野ブロードウェイ 3F
営業時間:12:00〜20:00
Web:http://tacoche.com/
Twitter:@tacoche


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